【サマリー】
東京駅から新大阪駅を結ぶ日本の大動脈、東海道新幹線。
その米原駅から西側の区間の保守を担っているのが、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)関西支社です。
同支社では、駅構内の天井で覆われた高架橋の点検において、2025年から狭隘空間特化型ドローン「IBIS2」を利用し、そのデータをデジタルツインプラットフォーム「TRANCITY」で管理しています。
同支社が挑む、デジタル技術を活用した鉄道インフラ維持管理の効率化と労働環境整備の取り組みについて伺いました。(取材日:2026年3月31日)
- 【課題】駅施設(天井裏)に隠れた高架橋点検における、作業員の転倒・墜落リスクと、死角による構造物の損傷見落としリスク。
- 【解決策】鉄道構造物の専門知識を持つ社員自らが操縦するドローン「IBIS2」と、ドローンが撮影した動画から点群データ・3Dモデルを生成する「TRANCITY」をセットで試行。
- 【効果】高所・狭所作業の削減による労災リスクの大幅低減。3D空間でのデータ共有により、他部署との迅速な意思決定と足場コスト削減を実現。

(画像左から、Liberaware 前 駿平、JR東海 上田 健太郎様、太田 了允様、福山 敦史様、田毎 直様、CalTa 砂川 裕)
1.駅天井裏の点検における「労災リスク」と「見落とし」の課題
平均で一日46万人を運ぶ東海道新幹線において、膨大な土木構造物を適切に維持管理することは極めて重要です。JR東海関西支社では、線路や橋梁、トンネルといった構造物を2年に1回の周期で点検し、その健全性を確認しています。
近年、同支社では業務改革と労働環境整備の一環として、デジタル技術を積極的に試行してきました。例えば、3Dレーザースキャナーを用いた点群測量により構造物を3Dデータ化し、数ミリメートル単位の微細な変化を監視して検査の高度化・効率化を図っています。

しかし、施設が複合的に組み合わさる「高架駅」の点検には特有の課題がありました。高架駅は橋梁の下に駅舎が設置されているため、橋脚や橋桁が施設の壁や天井に隠れてしまっています。そのため、点検時には駅施設の天井裏空間(高さ5m以上になる場所もある)に進入しなければなりません。
従来の点検では、作業員が天井の骨組みの上を歩いたり、足場板を敷いて進んだりしていたため、転倒や墜落といった労働災害のリスクが常に生じる作業環境でした。また、人が立ち入れないほど狭い空間もあり、仮にレーザースキャナーを設置できたとしても、設備の裏側までレーザーが届かず、細かいひび割れなどの損傷を見落とす可能性もあったのです。
2. 構造物を知る「社員自らが操縦する」からこそ、IBIS2が最適だった
こうした天井裏空間における高架橋点検を、安全かつ効率的に行う技術として選ばれたのが、CalTaの提供するソリューションでした。
狭隘空間の点検には車輪型やヘビ型のロボットも検討されましたが、ドローンであれば障害物を乗り越える上下移動が容易になります。さらに、同支社が様々なドローンの中から「IBIS2」を選定した最大の理由は、「点検に携わる社員自らが安定して操縦できること」にありました。

同支社では、原則として外部のドローン事業者に運航を委託せず、操縦訓練を受けた自社社員が飛行させる体制をとっています。その理由は主に3つあります。
- ①コストと機動性:点検対象が多く、作業が夜間中心になるため、外部委託ではコストが膨らむ。また、豪雨による漏水など突発的な事象に即座に対応できない。
- ②コミュニケーションの効率化:複雑な駅の天井裏空間において、外部の操縦者に調査範囲を的確に指示するのは煩雑である。
- ③健全性判定への責任:鉄道構造物の専門知識を持つ社員こそが「どこを重点的に見るべきか」を最も理解しており、異常の有無を直接見て判断することが基本であるため。

また、IBIS2というドローン単体の性能だけでなく、動画から点群データを生成して画像から変状の寸法を確認できる「TRANCITY」と組み合わせることで、精度の高い点検結果を可視化できるメリットもありました。CalTaとLiberawareによる手厚い技術サポートも総合的に評価され、試行へと至りました。
3. 労働災害リスクの低減と、TRANCITYによる他部署との迅速な情報共有
2024年度から高架橋点検にIBIS2を試行したことで、現場には大きな変化が生まれました。
最も大きな効果は、「従来の転倒・墜落の危険がある高所作業や、無理な姿勢を強いられる狭所作業が削減され、現場の労働災害リスクが低減したこと」です。これまで足場を設置しなければアクセスできなかった高所も、IBIS2を利用することで足場費用を大幅に抑えられるようになりました。さらに、これまで見えなかった箇所に近接して撮影できるため、ひび割れの規模や錆の進行具合をデータ上で正確に計測できるようになりました。
同時に、IBIS2で取得した動画からTRANCITYで生成した3Dデータは、業務のあり方そのものを変えつつあります。
平面図では把握しきれない配管、ケーブル、空調の室外機といった設備の位置関係を、三次元空間の中で直感的に理解できるようになり、点検箇所の正確な位置共有が可能になりました。
これにより、現場に行かなくてもオフィスで現地の状況を確認できるようになり、「電気や建築といった他の部署との情報共有がスムーズになり、迅速な判断ができるようになった」と、その効果を実感しています。

一方で、実際に運用する中での課題も見えてきました。アシスト機能はあるものの、狭い空間でのホバリングや気流の影響、墜落リスクに対する操縦者のプレッシャーなど、飛行の習熟にはまだハードルの高さも感じているとのこと。「検査機器のひとつとしてドローンの操縦に煩わされるのは本末転倒であり、より操縦のハードルが下がる自動化が必要」という、今後の期待も浮かび上がっています。

4. ミリメートル精度の経時変化監視と、さらなる自動化への期待
JR東海関西支社では、これまでにもGPSが届く屋外において、人が近づけない橋梁の上部などにドローンでアクセスし、得られたデータをTRANCITYで解析・比較する取り組みを行ってきました。時系列で3Dデータを重ね合わせることで、経時変化を監視しています。
今後はこの技術をさらに発展させ、「将来的には列車が走っている状態での高架橋のたわみ量を測定したい」という展望を持っています。そのためには、昼間の営業運転中であっても安全にドローンを飛行させられるよう、進入禁止空域を厳格に設定する“見えない壁”のような制御技術が必要です。
さらには、視覚的なデータ取得にとどまらず、ドローンによる打音検査の実施や、「雨漏りが発生した際にすぐにドローンを飛ばして原因を特定し、応急処置まで行えるような未来」といった、現場ならではの革新的なアイデアも上がっています。安全で持続可能な鉄道インフラの未来に向け、デジタル技術の挑戦はこれからも続きます。
